☆ ニュートリノ ☆

井出 薫

 小柴博士のノーベル賞に繋がったニュートリノは実に不思議な素粒子だ。元々は原子核のβ崩壊を説明するために考案された素粒子で、電荷を持たず電磁相互作用はしない。静止質量は最初0と考えられていたが、今では僅かながら静止質量を持つとされている。この静止質量を持つニュートリノが宇宙のダークマター(電磁相互作用をしないために光ることがない物質)の正体ではないかという説もある。−ただし、これには異論が多いようだ。−

 光ることもなく静止質量があったとしてもごく僅か。さらに、3つの素粒子、電子、μ粒子、τ粒子とペアになった電子ニュートリノ、μニュートリノ、τニュートリノと呼ばれる三種類のニュートリノが存在し、相互に変換しあう。たとえば電子ニュートリノが飛行中にμニュートリノとτニュートリノに変身することがあるのだ。まるで変幻自在の幽霊のような存在だと言えよう。ちなみに、これら6つの素粒子を総称してレプトンと呼び、6種類のクォークと並び物質世界を構成する根源だと考えられている。−電子と電子ニュートリノアがペアを組むように、クォークでも、uクォークとdクォークがペアを組む。レプトンもクォークも、3種類のペアがあり合計で6個の素粒子があることになる。−

 このような摩訶不思議な素粒子は物理学者の研究の対象になっても私たちの日常生活には何の関係もないと思われるかもしれない。だが実はニュートリノのお陰で地球上の生物は生きていくことができる。

 地球上の生命の源は太陽光と水だ。どちらを欠いても生命は存在できない。ニュートリノは水の存在とは余り関係はないが、太陽光とは大きな関係がある。太陽は核融合でエネルギーを生成して光り輝いている。核融合発電は地上に太陽を作る試みだと言う人もいる。だが核融合発電と太陽の核融合は全く異質だ。核融合発電では超高温・超高密度を作り出して短時間で核融合を実現しようとする。一方、太陽は豊富な水素原子核(陽子)を使ってゆっくりと核融合を進めていく。核融合過程には平均して数十億年が費やされる。太陽が一挙にエネルギーを使い果たすことなく、100億年もの歳月、安定して光り続けることができるのはこのためだ。このゆっくりとした核融合はニュートリノが主役となる弱い相互作用により実現される。(注)まさにニュートリノが地上の生命を支えている。
(注)太陽の核融合の第一段階は、「陽子+陽子⇒重水素(陽子と中性子からなる水素の同位体)+陽電子+電子ニュートリノ」という弱い相互作用が媒介する極めて長い時間(数十億年のオーダー)を要する核融合反応過程であり、これが太陽の核融合の出発点となる。

 人間は自然の不可思議な力のおかげで生きている。現代人は幽霊を信じる者を笑うが、幽霊を信じていた古代の人々のほうが自然を良く理解していたのかもしれない。

(H19/8/3記)


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