☆ 対称性と非対称性 ☆

井出 薫

 物理学の世界では対称性は基礎原理だ。エネルギー・運動量の保存則は、物理法則の時間・空間並進変換への対称性から演繹され、角運動量保存則は空間の回転に対する対称性から演繹される。さらに電荷の保存則は4次元時空に付随した空間での回転に対する対称性から帰結する。

 これらの保存則は、物理学のみならず、すべての自然科学で通用する例外のない絶対的な基礎原理として通用している。つまり自然とは対称的な世界なのだ。

 ところが、私たちの周囲には対称的なものはほとんどない。身体は見た目にはほぼ左右対称だが、厳密には左右対称ではない。内臓は明らかに非対称で、左右両側に心臓や肝臓を持つ人はいない。

 対称性が基礎原理なのに、その基礎原理に従う現実世界は非対称であるのは不思議に感じられる。対称性からどうやって非対称性が生じるのだろうか。

 対称性の自発的破れという現象がある。高温の液体状の鉄は磁性を持たない。だが外部から磁場を加えた状態で高温の鉄を冷却していくと、やがて一定方向に磁化される(磁石になる)。つまり対称な世界から非対称な世界=磁場の方向が特別な意味を持つ世界へと移行する。

 気体から液体、液体から固体など異なる物理的状態に変化することを相転移と言うが、相転移では一般的にこのような対称性の破れが生じる。このような対称性の破れの機構により、対称性という基礎原理が支配する世界に非対称性が現われる。

 対称的な世界が美しいと感じるか、非対称な世界が美しいと感じるか、人によって異なる。本当かどうか知らないが、左脳が発達した人は対称的な世界を好み、右脳が発達した人は非対称的な世界を好むという説が昔あった。現実の世界は対称性と非対称性が相互に支え合って微妙なバランスのうえに存在している。このことは、私たちが右脳と左脳の両方を鍛え、対称性と非対称性をともに愛する寛容な精神を育てることが大切だと教えているのかもしれない。

(H19/5/18記)


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