☆ 自然の絶妙のバランス ☆

井出 薫

 動物は植物の光合成のお陰で生きている。ところで植物は空気中の窒素を直接利用することができず、硝酸やアンモニアなどの窒素化合物でないと吸収することができない。土壌の肥沃度は窒素化合物の含有量に依存するところが大きく、窒素肥料が重要であるのはこのためだ。

 農業では穀物など大量の植物を育てるために土壌の窒素化合物が不足気味になる。だから窒素肥料で補うことが必要になるのだが、窒素化合物は、肥料で補給しなくても、土壌(並びに海洋)に暮らす窒素固定細菌が大気中に最も豊富に存在する窒素分子から作り出してくれる。痩せた土地でもマメ科の植物は比較的よく育つが、これはマメ科の植物が根に根粒菌という窒素固定細菌を共生させることで、窒素化合物を調達することができるからだ。

 窒素固定細菌は肥沃な土壌を作る大変貴重な生命体だ。だが一方でアンモニアや硝酸を分解して窒素に戻してしまう脱窒細菌と呼ばれる微生物も土壌(並びに海洋)にはたくさん暮らしている。彼らは貴重な窒素化合物を窒素に戻して植物が利用できないようにしてしまうから、有害な微生物だと思われるかもしれないが、そうではない。アンモニアや硝酸は植物の生育に欠かせないが、濃度が高くなりすぎると有害になる。枯れた植物を消化分解して土壌に戻すことで豊かな大地を育む地中の多くの小動物や微生物にとって高濃度のアンモニアや硝酸は極めて危険な物質だ。それは人間にとってもこれらの化学物質が有害であることからも分かるだろう。植物にとっても濃度が高すぎると有害になる。それを防いでくれるのが脱窒細菌なのだ。窒素固定細菌と脱窒細菌の両方が暮らすことで自然環境は維持される。このような関係はメタン生成細菌とメタン酸化細菌、硫酸還元細菌と硫黄細菌(硫酸還元細菌が作りだす硫化水素を酸化する細菌)の間にも成り立っている。実に見事な組み合わせだ。

 このように自然は絶妙のバランスでその生態系を維持している。科学技術の進歩は素晴らしいなどと人間は自惚れているが、人間にはこのような自然の精巧な技術をとうてい真似することはできない。だから、人間の活動は、森林と土壌を破壊し、河川、湖、海洋を汚染し、無数の生物を絶滅させたのだ。

 農耕を始めたことで人類は飛躍的に進歩した。だが、その一方で、農耕を始めたときから、人間は自然環境を擾乱して自然破壊をするようになった。その後、産業は著しく発展して生活は便利で安全になり、人類は地上で大繁栄を謳歌している。だが、その一方で自然の絶妙なバランスを破壊してきた付けが貯まりに貯まって、人類の未来に暗雲を投げ掛けている。ここら辺りで、自然の営みの素晴らしさをよく観察して、そこから謙虚に学び、人類の未来を設計していかないと文明の崩壊は意外と近いかもしれない。



(H19/1/22記)


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