☆ 無限集合 ☆

井出 薫

 無限集合には色々な種類がある。自然数、有理数(Q/P;QとPは整数)、実数、複素数、みな無限集合だ。では無限集合の大きさ(濃度と呼ぶ)を測ることができるだろうか。

 できる。1対1に対応させることができるかどうかで濃度を比較する。有理数は自然数よりもずっとたくさんあるように見えるが、自然数と1対1対応させることができるから、濃度は等しい。有理数を表現するQとPを並べて、マイナスの場合は最上位桁に1をつけるようにすれば自然数となるから1対1対応がつく。正の偶数は自然数の半分しかないようにみえるが、自然数と同じ濃度を持つ。偶数をすべて2で割りそれを並べていけば自然数になるからだ。明らかに個数が違うと思われる集合の濃度が等しいというのは不思議に感じるかもしれないが、自然数が10進法でも2進法でも、何進法でも表現できることを考えれば不思議ではない。2進法で表現された数は、10進法で表現された数のうち、1と0の2種類だけで表現された数の集合(=10進法で表現された数の部分集合)だと考えることもできるが、10進法で表現しようと、2進法で表現しようと自然数の数は変わらない。
(注)筆者がここで与えた有理数と自然数が同じ濃度を持つことの説明は、数学の教科書に記載されている標準的なものではなく、厳密なものでもない。厳密な証明を知りたい人は数学の本を読んでいただきたい。

 では、すべての無限集合は自然数と同じ濃度を持つかというと、そうではない。自然数と同じ濃度を持つ無限集合を、番号順に並べられるという意味で可附番(あるいは可算)と呼ぶが、すべての無限集合が可附番ではない。

 実数の集合は自然数と1対1に対応させることはできない。たとえば0以上1以下の実数の集合を順番に並べて番号を付ける方法を考えると、それが不可能であることが分かる。番号順に並べることができたとして、1番目の数と1桁目が違い、2番目の数と2桁目が違い、3番目の数と3桁目が違い、・・n番目の数とn桁目が違う(これを無限に続ける)・・こういう風にして作った実数は、この表に記載されている実数と、少なくとも一箇所は一致しない桁がある。つまり、この数は表の中には登場しない。この数を表に付け加えても同じ方法で表には存在しない実数を作り出せるから、どこまで行っても番号順の表は完成しない。だから、0以上1以下の実数の集合は可附番ではない。もちろん、すべての実数の集合が可附番ではないことは言うまでもない。
(注)0以上1以下の実数の集合とすべての実数の集合は同じ濃度を持つ。証明は省略するが、長さ1の線を無限に引き伸ばすところを想像すれば、このことは理解されよう。

 実数の濃度は連続体と呼ばれるが、0から1まで引かれた線を実数の集合が隙間なく埋めていることを想像すると、連続体という言葉の意味が分かるだろう。「線は点の集合だと言うが、長さのない点が集まってどうやって長さを持つ線が生まれるのか」というのは古代ギリシャの難問の一つだったが、実数の濃度が連続体であることで一応解決されたと言ってよい。
(注)ルベーグ積分などで使用される測度という概念があるが、それは実数などの無限集合の研究が応用されたものだ。自然数の集合は測度0であるが、0以上1以下の実数の集合は測度1になる。

 無理数や複素数の集合も、実数の集合と同じ濃度を持つ。では連続体が一番大きな無限集合の濃度なのだろうか。そうではない。どんな濃度を選んでも、それよりも大きな濃度の集合が存在する。特定の無限集合のすべての部分集合の集合は、元の集合と1対1に対応させることはできず、濃度がより大きい集合になる。無限集合はどこまでも巨大になることができるのだ。

 では、実数に代表される連続体と自然数に代表される可附番との間に位置する濃度の集合は存在するだろうか。存在しないというのが「連続体仮説」で、一時期それが正しいかどうかが盛んに研究された。その結果、どちらとも言えないということが証明されている。自然数よりもたくさんあり、実数よりも少ないような集合は、あるとも、ないとも言えるのだ。正確に言うと「数論の公理体系からは、連続体仮説は証明も反証もできない」ことが証明されたのだ。
(注)ただし、証明はできないが、連続体仮説は正しいと考える数学者が多い。中間に位置するような意味ある集合を考えることはできない。

 数学と現実の世界との間の関係はどうなっているのか、数学の真理とはどの世界の真理なのだろうか。こういう問題は古代ギリシャの時代から多くの賢人達を悩ませてきたが、未だに結論が出ていない。無限は、数学と現実世界が緊密な連携を保つことで初めて理解される世界であると同時に、両者がそれぞれ独自の世界へと進んでいく分岐点でもある。古代ギリシャ以来現代に至るまで数学は学問の理想とされてきた。学問だけではなく、生そのものを数学的静謐へと導くべきだと考える人も少なくない。時間に余裕ができたら、無限を論じる数学書を紐解くことを是非お勧めしたい。新しい世界が開かれるはずだ。

(H18/11/5記)


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