☆ 真空の不思議 ☆

井出 薫

 物体があれば、その物体がエネルギーを持つから、最もエネルギーが低い状態は真空状態だと思われる。事実、普通はそういう風に考えてもよい。

 ところが、自分自身と相互作用するような素粒子、自己相互作用項を持つ粒子が存在する場合には、一概に物質が存在しない真空状態が一番エネルギーの低い状態とは言えなくなる。実際、そういう素粒子が存在すると考えられており、それが現在の素粒子の標準理論では重要な役割を果たしている。

 宇宙全体をみても、この不思議な真空エネルギーが重大な役割を果たしている。宇宙は、球面のような正の曲率を持ち境界はないが有限な宇宙、曲率ゼロのユークリッド幾何学の公理系が成立する平らな無限宇宙、負の曲率を持つ双曲線型(非ユークリッド型)の無限宇宙のいずれかだと予測される。そして、どの幾何学が成り立つかは物質密度により決まる。臨界密度という値があり、物質密度がそれより大きいと球面のような有限宇宙、物質密度がちょうど臨界密度に等しいとユークリッド型の無限宇宙、臨界密度より小さいと非ユークリッド型の無限宇宙になる。

 観測によると、物質密度はダークマターと呼ばれる光を発しない物質を計算に入れても、臨界密度よりも小さい。だとすると、非ユークリッド型の無限宇宙となるはずだ。ところが、他の観測結果から限りなく宇宙の曲率はゼロに近いことが分かっている。だとすれば、どこか理論に矛盾があることになる。

 これを解決するのが宇宙の真空エネルギーだ。宇宙に真空エネルギーが存在するとすると、曲率がゼロで、物質密度が臨界密度よりも小さいことが矛盾なく説明できる。

 この真空エネルギーの正体はまだ分かっていない。だからこの理論が間違いであることが分かる可能性も残される。とは言え、真空が単なる空っぽの世界ではなく、不思議な存在であることには間違いはない。


(H18/1/8記)


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