☆ 一般相対論の美学 ☆

井出 薫

 ランダウなど多くの偉大な物理学者たちが、アインシュタインの一般相対論を最も美しい理論だと評している。

 アインシュタインの一般相対論をここで解説することはできないが、物理学に関心のある人であれば、理論の中心である重力方程式を確かに美しいと感じるだろう。

 方程式の左辺には時間・空間の幾何学を決定する時空テンソルが簡素でエレガントに配列され、右辺にはエネルギー・運動量テンソルが簡潔な姿を持って配置されている。重力方程式の中で自由なパラメータは二つしかない。一つは重力定数で、もう一つは宇宙定数と呼ばれる量だ。後者は全宇宙的な規模では大きな意味を持つが、太陽のような普通の恒星程度では無視することができる。つまり、実験で重力定数さえ決定すれば、原理的には、素粒子など量子論を必要とするミクロの現象を除けば、森羅万象をこの重力方程式から導き出すことができる。

 姿が簡素で美しく、曖昧さがないこと、これが一般相対論の美しさの源泉だ。おそらく、その美しさは、日本伝統のわび・さびの精神にも通じるところがあるだろう。事実、多くの日本の物理学者たちもその美しさを賞賛している。

 しかも、一般相対論はただ美しいだけではなく、空間・時間の幾何学が物質の存在と不可分であることを教えている。ニュートンにとっては、空間と時間は物体を納める単なる箱のようなもので、物体が存在するかどうかには全く関係しないものだった。だが、アインシュタインの一般相対論はそれが間違いであることを示した。特殊相対論で時間と空間の相対性はすでに証明済みだったし、音速に関する研究とその独特の感覚主義哲学で著名だったエルンスト・マッハがすでに、ニュートンの絶対空間・絶対時間に対する手厳しい批判を展開していたとは言え、時間・空間と物質が不可分であることを理論的かつ実験的に証明したのは一般相対論が初めてだった。正に、それは物理学のみならず、私たちの思想に決定的な転回をもたらすものだったと言える。

 20世紀の物理学革命のもう一つの主役である量子論と異なり、一般相対論は現実生活や産業活動に役立つことはほとんどない。だが、ブラックホールや重力レンズ、宇宙全体の構造やその歴史など、私たちのインスピレーションを限りなく刺激してくれる一般相対論の文化的価値は極めて大きい。残念ながら一般相対論は易しいとは言えず、完全に理解するのは物理の専門家でないと難しい。しかし、ランダウや佐藤文隆氏などに優れた啓蒙書があり、その基本思想を理解することはできる。冬の夜長に、一般相対論の啓蒙書を紐解き、空想の世界に遊びながら頭をリフレッシュさせることをお勧めしたい。


(H17/12/16記)


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