☆ 量子の不思議1〜名前のない素粒子 ☆

井出 薫

 素粒子には名前がない。東から西に向かって飛んでいる一つの電子があり、逆に西から東に向かっている電子があり、衝突して、一つが北の方角に飛び去り、もう一つは南に飛び去ったとする。

 北に飛び去ったのは、西から来た電子か、それとも東から来た電子だろうか。古典物理学では、この答えはどちらか一方に決まる。しかし、量子論の世界では答えはない。それは技術的に調べる方法がないというのではなく、原理的に素粒子には名前がなく、このような問いは成立しないのだ。東から飛んできた電子をA、西からの電子をBというように仮に名前をつけたとする。しかし、衝突により両者の区別は消滅してしまう。素粒子には個性がなく、すべての電子は同じ電子なのだ。

 電子だけではなく素粒子には名前をつけることができない。このことは、数学的なモデルでは、電子AとBを取り替えても、物理法則とそこから導出される物理現象には全く変化がないという形で表現される。

 このような量子論の世界は、日常生活の常識が成立しない世界であり、数学的なモデルで記述するしかない。素粒子の世界は実に不可解で直観的な理解が難しい。だから、アインシュタインのような独創的な天才でも、それが余りにも奇妙だという理由で正しさを認めるのを拒否したこともあった。

 しかし、今では、理論的な観点からだけではなく、実験的にも、量子論の奇妙な世界を直接垣間見ることができるようになり、量子論の正しさは揺るぎないものとなっている。物理学者は、このような量子の世界の奇妙さをそのまま承認している。私たちの世界は、この驚異の世界に支えられている。

(H17/5/13記)


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