☆ シアノバクテリア ☆

井出 薫

 シアノバクテリア(藍藻と呼ばれることもある)をご存知だろうか。細菌とともに、原核生物に分類される地球に最も古くから生存している微生物の一種だ。
(注)地球の生物は、大きく分けて、核膜に遺伝子が取り囲まれている真核生物と、核膜がない原核生物からなる。人を含めた動物、植物、菌類、原生生物はすべて真核生物で、細菌とシアノバクテリアが原核生物である。原核生物は38億年以上前から地球上に存在していたと言われる。それに対して真核生物が登場したのはずっと遅く20億年前くらいと推定されている。真核生物の起源は諸説があるが、細菌とシアノバクテリアが別の細菌の細胞内に共生したことから始まったという説(細胞共生説)が有力である。

 46億年前地球が誕生した当時、大気中に酸素は存在しなかった。およそ30数億年前にシアノバクテリアの祖先が地球に登場して、酸素発生型の光合成をするようになって初めて地球大気に酸素が存在するようになった。シアノバクテリアは人間を始めとする高等?生物の恩人なのだ。

 シアノバクテリアの仲間には、太陽光と大気中の二酸化炭素から生命活動に必要な有機化合物を作り出すことができるだけではなく、空気中の窒素からアンモニアなど窒素化合物を作り出す(窒素固定と呼ばれる)ことができるものもいる。

 地球上の生態系を支えるのは植物、微小な藻類・原生生物、独立栄養原核生物など第一次生産者たちだが、陸上で主役を務める植物、海洋で主役を務める藻類や原生生物は、太陽光と二酸化炭素から光合成することはできるが、空気中の窒素から窒素化合物を作り出すことはできない。土地の肥沃度が、しばしば土壌に含まれるアンモニアや硝酸など窒素化合物の量で決まるのはそのためだ。窒素化合物が乏しい土壌では窒素固定能力のある細菌と共生しているマメ科の植物以外は十分に繁殖できない。最もよく使用される肥料が窒素肥料であるのは誰でもご存知だろう。

 海洋や湖沼など水域でも事情は同じで、生物量を決める最も重要な条件は窒素化合物の量だ。

 だから、光合成と窒素固定の両方ができるシアノバクテリアが、生態系で重要な役割を果していることは容易に想像できるだろう。遥か昔、酸素を生み出し地球上で高等生物が繁殖できる環境を整え、今でも、海洋と陸地を問わず様々な場所で生態系を維持するために大きな働きをしている。

 その強靭な生命力を発揮して、普段は肉眼で見えず目立たない存在に過ぎないシアノバクテリアが、突然、生態系の主人公に踊り出ることがある。

 アラビア半島とアフリカ北東部を隔てる「紅海」は、海が赤く染まることから名づけられたそうだが、海を赤く染めているのはシアノバクテリアの一種で窒素固定能力を持つトリコデスミウムの集団だ。生活廃水が流れ込むことなく水の澄んだ貧栄養環境の外洋では窒素化合物が極端に欠乏することが多い。そこでは、窒素固定能力を持つシアノバクテリアが生態系の唯一の支配者になる。

 春から夏にかけて、都会の池が毒々しい緑に染まることがあるが、あれもアナベナなどシアノバクテリアの仲間が大量発生したものだ。ただし、生活廃水が大量に流れ込み富栄養化している湖沼で、シアノバクテリアが大量発生するメカニズムは紅海とは異なる。生活廃水に豊富に含まれる窒素化合物やリン化合物は、光合成をする全ての微生物の大繁殖を促すのだが、藻類と較べて捕食されにくいシアノバクテリアが生態系を占有するらしい。

 いずれにしろ、シアノバクテリアは、有機物の乏しい環境から、過剰な有機物が存在する場所まで満遍なく存在して、生態系を維持している。紅海はシアノバクテリアがいなければ死の海となる。富栄養化した湖沼で大発生するシアノバクテリアは毒を発生して、魚や動物、さらには人間にも害を及ぼすが、生活廃水に汚染された湖沼を浄化する自然の働きの一翼を荷っている。

 春のひととき、湖や河川の脇の遊歩道を散歩しながら、自然の営みを支えるこの偉大なる存在に思いを馳せても良いだろう。

(H16/3/31記)


[ Back ]



Copyright(c) 2003 IDEA-MOO All Rights Reserved.